ブライアン・セッツァー:ロカビリー復興の立役者

ロカビリー

幼少期と初期の音楽体験

ブライアン・セッツァー(Brian Setzer)は1959年4月10日、ニューヨーク州マサペクアで生まれました。幼い頃から音楽に興味を持ち、特に50年代のロックンロールとジャズに魅了されていました。10代の頃から様々なバンドでギターを演奏し始め、地元のクラブシーンで経験を積みました。

ストレイ・キャッツの結成と成功

1979年、セッツァーは幼なじみのスリム・ジム・ファントムとリー・ロッカーと共に「ストレイ・キャッツ」(Stray Cats)を結成します。アメリカでは当初あまり注目されなかったため、イギリスに渡り、そこで大きな支持を獲得しました。彼らのデビューアルバム「Stray Cats」(1981年)は英国で成功を収め、「Rock This Town」や「Stray Cat Strut」などのヒット曲を生み出しました。

1982年、アメリカに戻ったストレイ・キャッツは、アルバム「Built For Speed」でついにアメリカでもブレイクし、MTVの台頭と共にその人気は急上昇しました。彼らは50年代のロカビリーサウンドを現代的にアレンジし、80年代初頭の音楽シーンに新鮮な風を吹き込みました。

ストレイキャッツの解散

ストレイ・キャッツの解散について、いくつかの要因がありました。
※所説あり

1984年の最初の解散については、いくつかの理由が重なっていました:

  1. 内部的な緊張関係: 急速な成功とツアーの疲れによるバンド内の緊張が高まっていました。メンバー間の創造的な方向性の違いや、若いミュージシャンとしての成功への対処方法の違いも影響していました。
  2. 商業的なプレッシャー: 「Built For Speed」と「Rant N’ Rave with the Stray Cats」のヒット後、レコード会社からのプレッシャーが増大し、これがバンドにストレスを与えました。
  3. 個人的な追求: ブライアン・セッツァーは音楽的に異なる方向性を模索し始めており、ソロキャリアを追求したいと考えていました。
  4. 音楽市場の変化: 80年代半ばにはニューウェーブやポップミュージックの人気が高まり、ロカビリーリバイバルの波が徐々に弱まっていました。

その後、ストレイ・キャッツは1986年、1989年、2004年などに一時的な再結成を行いましたが、長期的な活動には至りませんでした。2018年には40周年を記念したリユニオンツアーも行われました。

解散と再結成を繰り返す形となったのは、メンバーそれぞれが独自のプロジェクトを持ちつつも、特別な音楽的化学反応があったバンドとしての絆を完全に断ち切ることができなかったからとも言われています。特にセッツァーはブライアン・セッツァー・オーケストラでの成功を収めながらも、時折ストレイ・キャッツのルーツに戻ることを選んできました。

ソロキャリアとブライアン・セッツァー・オーケストラ

1984年、ストレイ・キャッツは一時解散し、セッツァーはソロキャリアをスタートさせます。1986年には「The Knife Feels Like Justice」というソロアルバムをリリースしました。

1990年代初頭、セッツァーは音楽的視野をさらに広げ、17人編成のビッグバンド「ブライアン・セッツァー・オーケストラ」(Brian Setzer Orchestra、BSO)を結成します。この大胆な試みは1994年の自己タイトルのデビューアルバムで始まり、1998年のアルバム「The Dirty Boogie」で大きな成功を収めました。このアルバムに収録されたルイス・プリマの「Jump, Jive an’ Wail」のカバーは大ヒットとなり、グラミー賞を受賞しました。

2000年代以降のキャリア

2000年代に入っても、セッツァーは精力的に活動を続けています。ブライアン・セッツァー・オーケストラでのクリスマスアルバムやツアーは毎年の恒例行事となりました。また、ストレイ・キャッツの再結成ツアーも何度か行われています。

2001年には「’68 Comeback Special」でエルヴィス・プレスリーへのオマージュを表現し、ロックンロールのルーツへの敬意を示しました。その後も「Rockabilly Riot!」シリーズなど、ロカビリーを中心とした作品を継続的にリリースしています。

音楽スタイルと影響

セッツァーのギタープレイは技術的に非常に高く、特に指弾きの技術は高く評価されています。彼の音楽スタイルはロカビリー、ジャズ、スウィング、ブルースなど多岐にわたるジャンルの影響を受けており、それらを独自の方法で融合させています。彼は特にエディ・コクランやスコッティ・ムーアなどの50年代のギタリストから大きな影響を受けています。

個人的生活

セッツァーは何度か結婚しており、現在はジュリー・リーブスと結婚しています。彼はカリフォルニア州南部に拠点を置いて活動しています。また、彼はヴィンテージカーや特にグレッチ・ギターのコレクターとしても知られています。実際、グレッチは彼の名を冠したシグネチャーモデルも複数発売しています。

ブライアンセッツァーの使用ギターについて

メインギター:グレッチ(Gretsch)

セッツァーは特にグレッチ・ギターとの関係で有名です。彼の代表的なギターは:

  1. グレッチ 6120 – 彼の最も象徴的な楽器です。オリジナルの1959年製オレンジカラーの「Nashville」モデルを長年使用しており、このギターはストレイ・キャッツ時代から彼のトレードマークとなっています。
  2. ブライアン・セッツァー・シグネチャーモデル – グレッチは彼と共同で複数のシグネチャーモデルを開発しています:
    • グレッチ G6120SSU Brian Setzer Nashville
    • グレッチ G6120SSL Brian Setzer Nashville
    • グレッチ G6120DSV-BS Brian Setzer Nashville Hot Rod
    • グレッチ G6120SSLVO Brian Setzer Nashville (Vintage Orange)
    • グレッチ G6120T-BSSMK Brian Setzer Smoke

ピックアップとサウンド特性

セッツァーのグレッチ・ギターには通常、TV Jones社製のピックアップ(特にTV Jones Classic)が搭載されています。これらのピックアップは、オリジナルのフィルタートロン・ピックアップの音色を踏襲しながら、より鮮明でクリーンなサウンドを提供します。

その他の使用ギター

セッツァーはグレッチ以外にも様々なギターを使用しています:

  1. ギブソン・ギター:特に初期には、ギブソンのES-335やレスポール・カスタムなどを使用することもありました。
  2. フェンダー・テレキャスター:一部のレコーディングやライブでは、テレキャスターも使用しています。
  3. エピフォン・ブライアン・セッツァー・シグネチャー・モデル:若いミュージシャンやより予算を抑えたい人向けに、エピフォンからも彼のシグネチャーモデルが発売されています。

プレイスタイルとセットアップ

セッツァーはヘビーゲージの弦(通常.011-.050程度)を好み、ダンロップ・サムピックを使用したフィンガーピッキングでプレイする独特のスタイルを持っています。彼のギターセットアップは:

  • ビグスビー・トレモロシステム(彼のトレードマークの一つ)
  • 比較的低めのアクション
  • フェンダーの真空管アンプ(特にツインリバーブやベースマン)、または時にヴォックスのAC30なども使用

コレクション

セッツァーは熱心なギターコレクターとしても知られ、特にヴィンテージのグレッチ・ギターの重要なコレクションを所有しています。彼のコレクションには50年代と60年代のグレッチ・モデルが多数含まれています。

音楽的遺産

ブライアン・セッツァーは、時代遅れと思われていたロカビリーやスウィングジャズを現代に蘇らせた功績で高く評価されています。彼の斬新なアプローチと比類ない演奏技術により、彼は単なるノスタルジアを超えて新世代にこれらの音楽を伝える役割を果たしました。

複数のグラミー賞受賞歴を持ち、ロカビリー・ホール・オブ・フェイムにも殿堂入りしている彼は、アメリカ音楽史における重要な革新者として認識されています。彼のキャリアは音楽的柔軟性、革新性、そして伝統への敬意のバランスを保つことの重要性を示しています。

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